主人公のポッポちゃんこと雨宮鳩子は、鎌倉の町外れ、おそらく瑞泉寺にほど近いであろう山際の閑静な場所で小さな文具店を営んでいる。表向きは文具店だが、本業は亡くなった祖母から受け継いだ代書屋だ。店にはさまざまな思いを抱えた人が手紙を書いてもらいにやってくる。ラブレター、絶縁状、天国からの手紙・・。鳩子は依頼人の願いを受けとめ、いっしょうけんめいその願いに沿った手紙を書こうとする。
言葉を考え、字体や書き表し方を考え、それにふさわしいペンやインク、筆や墨を選び、紙を選び、切手まで選んで最高の手紙を書こうとする。「書くプロ」としての仕事へのこだわり、用いる道具の奥深さは圧倒的だ。鳩子の真摯な仕事ぶりは少しずつ人とのつながりを広げていく。そして鳩子の心の冷えていた部分も温められていく。それにしてもこの作品の裏の主役は鎌倉の町だと思った。山と海と歴史に囲まれたコンパクトシティ鎌倉の空気感が伝わってくる。代書屋という少し古風な商売も、鎌倉を舞台にしてよく似合っている。
小川糸さんの作品には、やはり人のことを思って料理をつくる若い女性が主人公の『食堂かたつむり』がある。